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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)259号 判決 1990年6月19日

原告

株式会社東神技研

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は建国の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六三年審判第一九五一四号事件について平成元年一〇月五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年七月一九日、名称を「食品の製法及びその食品(後に「食品の製法」と補正)」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和五三年特許願第八七一〇九号)したところ、昭和六三年九月六日拒絶査定があったので、同年一一月一七日審判を請求し、同年審判第一九五一四号事件として審理されたが、平成元年一〇月五日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決が有り、その謄本は同年一一月二九日原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲

少なくとも酸化ラジウム、酸化ニオビウム、酸化イツトリウムを主成分として含み、アルフア線、ベー夕線及びガンマ線を放出する鉱物に対して水を循環させ、この鉱物のミネラル分を含む成分が熔融した水を用いて食品を作るようにした食品の製法。

三  審決の理由の要点

本願発明の特許請求の範囲は前項記載のとおりであるところ、前記鉱物は、発明の詳細な説明の欄の、その鉱物の成分表によると、酸化ラジウム五・九〇%、酸化ニオビウム四一・三九%、酸化イツトリウム三八・二九%である。前記鉱物について、昭和六三年八月一日付け意見書には、原産地が岡山県、滋賀県、北九州市で産出された原石を粉砕し、セラミック状に固形化したものであると説明されている。しかしながら明細書からは、原石名も原産地名も、原石を粉砕し焼成する条件等も不明であり、前記の鉱物を容易に入手できるとはいえない。

また、前記鉱物の放射線に関し、発明の詳細な説明の欄には、「このミネラル鉱物は非常に活性であり、アルファ線、ベー夕線、ガンマ線を供ない毎秒放出し、半減期は一六二四年で半永久的であり、」「鉱石より放出するガンマ線が水の中で栄養素(ミネラル分)をつくり水の中に分布していく」等の記載があり、そして、昭和六一年五月六日付け意見書には、水中に溶ける元素量はきわめて少なく、放射能は自然界に存在する量よりも比較にならない程低いものであると説明されている。しかし、例えば実施例における訳二〇〇ccの水にミネラル鉱石の粉末二gの割合で入れ、三~五時間水を循環させた場合、溶出水中の鉱物から溶出した各元素の含有量、放射線量、原料水の変化等何も分かっておらず、鉱物が活性であるとか、容出水の放射能は自然界に存在する量よりも低いとか、ミネラル分をつくり出すとか、いずれも裏付けされていない。

さらに、鉱物の溶出水の効果に関しては、発明の詳細な説明の欄には、「食品の鮮度はきわめて良好で、例えば玉子焼、オムレツ等、従来の約三倍以上も保存性が向上したことが実験の結果判明し、その効果は絶大である。」という記載があるだけであり、実験データ等を具体的に示して従来技術による例と対比することによって差異を明確にしたものではない。したがって、前記約三倍以上の保存性の向上は、特許請求の範囲に記載された鉱物の溶出水を使用することによって奏される効果であるとすることはできない。

以上のとおり、本願明細書は、特定の放射性鉱物の溶出水を用いることの技術的意義が不明であり、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の効果が記載されているとはいえないものである。

したがって、本願明細書の記載には不備があり、本願発明は特許法第三六場第三項及び第四項に規定する要件を満たしていない。

四  審決の取消事由

審決は、本願明細書記載の技術内容を誤認した結果、本願明細書には不備があると誤って判断したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

すなわち、審決は、特許請求の範囲に記載されている鉱物は、その原石名も原産地名も、原石を粉砕し焼成する条件等も不明であり、これを容易に入手することはできない、と判断している。しかしながら、原告は、昭和六三年八月一日付け意見書において、当該鉱物の原産地と製法を開示しており、当業者であれば、この原産地と製法を聞いただけで当該鉱物がどのように入手できるか直ちに分かるものである。また、原告に申出ればこれを入手することは可能である。したがって、審決の前記判断は誤りである。

また、審決は、当該鉱物から溶出した各元素の含有量、放射線量、原料水の変化等何も分かっておらず、当該鉱物が活性であるとか、溶出水の放射能は自然界に存在する量よりも低いとか、ミネラル分をつくり出すとか、いずれも裏付けされていない、と判断している。

しかしながら、原告か提出した昭和六三年八月一日付け意見書の添付資料において、日本分析化学研究所、日本特殊分析研究所及び東京都薬剤師会衛生試験場でテストした結果を示しているように、右の点は明細書での補正はないものの、意見書のによって開示されているのであり、ことに対応する明細書中のでの開示すも、効果の欄になされているのである。したかがって、前記審決の判断は誤りである。

さらに、審決は、当該鉱物の溶出水の効果に関し、実験データ等を具体的に示して従来技術による例と対比することによって差異を明確にしたものではないから、約三倍以上の保存性の向上は、当該鉱物の溶出水を使用することによって奏される効果であるとすることはできない。と判断している。

しかしながら、本願明細書には「従来の約三倍以上も保存性が向上したことが実験の結果判明し、その効果は絶大である。」として実験データを示すまでもなく、実験の結果としているのであり、これ以上何も述べる必要はないものである。したがって、前記審決の判断は誤りであるという他はない。

以上のとおり、本願明細書に開示された技術内容から、当業者であれば、本願発明を直ちに実施できることは明らかであり、本願明細書の不備はない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に、原告主張の違法はない。

原告は、昭和六三年八月一日付け意見書において原産地と製法は開示されており、当業者であれば、これを聞いただけで当該鉱物をどのように入手できるか直ちに分かる旨主張している。

しかしながら、右意見書中に原石の原産地として記載された県又は市の具体的な鉱山又は鉱床名もしくは地名等は不明であり、また原石名も明らかでなく、原石が当該県において周知であるとされるものでもない。

そして、本願発明に使用する鉱物は右原石をそのまま用いるのではなく、原石を粉砕し、セラミック状に固化するものであるとされているが、固化するための具体的な手段。条件などは開示すされておらず、原料の調整、すなわち原石が一種類であるのかどうかとか、焼成条件、例えば何度で焼成するか等についても不明である。また鉱物の製造元又は販売元もしくは商標名等、入手のための客観的な手掛かりもなく、ただ原告から私的に入手可能というだけであるにすぎない。

したがって、原石名も原産地名も、原石を粉砕し焼成する条件等も不明であり、当該鉱物を容易に入手できるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

また、原告は、当該鉱物の各元素の含有量、放射線量、原料水の変化等々については、昭和六三年八月一日付け意見書に添付した資料により開示しており、それに対応する本願明細書中での開示も効果の欄になされている旨主張している。

しかしながら、本願明細書には、「このミネラル鉱物は非常に活性であり、アルファ線、ベータ線、ガンマ線を供ない毎秒放出し、半減期は一六二四年で半永久的であり」「鉱石より放出するガンマ線が水の中で栄養祖(ミネラル分)を作り水の中に分布していく」と、昭和六三年八月一日付け意見書には、「ガンマ線等により水質が変化され、アルカリ性のミネラルウォーターがえられる」とう各記載されているにすぎず、右記載からでは溶出水中の鉱物から溶出した各元素の含有量、放射線量、原料水の変化等何も分からず、また右記載中の、鉱物が活性であるとか、溶出水の放射能は自然界に存在する量より低いとか、ミネラル分を作り出すとか、いずれも裏付けされているとはいえない。

さらに原告は、当該鉱物の溶出水の効果に関し、実験の効果を示している旨主張しているが、当該鉱物もその溶出水も前記したように曖昧模糊としており、溶出水がどうして食品の保存性に寄与するのか技術上明らかでない。このような状況下で「従来の約三倍以上も保存性が向上した」という事実は、それが安全な状態で人体に摂取されるべき食品についてのものであるからなおさらのこと、保存性の向上が溶出水の使用によってもたらされるものであることを裏付けるものではない。

以上のとおり、本願明細書は、特定の放射性鉱物の溶出水を用いることの技術的意義が不明であり、当業者が容易に実施できる程度に発明の効果が記載されているとはいえないものであって、審決の判断に誤りはない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消理由の存否について判断する。

1  成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)、甲第三号証(昭和六三年二月付け手続補正)書によれば、明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のように記載されていることが認められる。

本願発明は、食品の製法及びその食品に関し、特に稀有元素鉱物すなわちミネラルから出る稀有元素鉱物を食品に添加することによって食品の鮮度を著しく長期間保つための改良に関するものである(本願明細書第二頁第二行ないし第五行)。

従来、食品の鮮度を保つには防腐剤が使用されていたが、防腐剤は発ガン性を有し、また食品の変質をもたらすという弊害があった。本願発明はこのような防腐剤を用いないで食品の鮮度を保ち、その変質を防ぐきわめて有効な手段を提供することを目的とし(同第二頁第六行ないし第二二行)、本願発明の特許請求の範囲(請求の原因二の項)記載のとおりの構成を採用したものである(手続補正書第二頁第二行ないし第7行)。

本願発明は、右構成を採用したことにより、食品の鮮度はきわめて良好で、例えば玉子焼、オムレツ等の場合、従来の約三倍以上も保存性が向上するという作用効果を奏するものである(本願明細書第五頁第一行ないし第四行)。

2  審決は、本願発明の特許請求の範囲に記載の鉱物について、明細書からはその原石名、原産地名及び原石を粉砕し焼成する条件等が不明でありて該鉱物を容易に入手できるとはいえない、と判断しているところ、原告は、これらの点は意見書において開示している旨主張する。

特許法は、明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない(特許法第三六条第三項)と規定しており、明細書は、出願当時の技術水準からみて出願に掛かる発明が少くとも当業者には正確に理解でき、かつ当該発明の反覆可能性を追試して再現できる程度に具体的に記載されることを要するのもである。したがって、発明の構成において原料物質として鉱石等の混合物質を使用するときには、その組成分析値、性質等でもって該鉱石を特定するが、右記載のみではそれが入手困難な場合は、その産地、鉱石名等を具体的に特定し、当事者が容易に入手し得るようにする必要がある。

これを本願発明を構成する鉱物についてみるに、本願発明は、その特許請求の範囲において、「少なくとも酸化ラジウム、酸化ニオビウム、酸化イットリウムを主成分として含み、アルファ線、ベータ線、ガンマ線を放出する鉱物」とのみ記載していることは前記1で認定したとおりであり、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「ここで、稀有元素(ミネラル鉱石)の成分は以下の通りである。酸化ラジウム五・九〇%、酸化トリウム一・二九%、酸化ニオビウム四一・三九%、酸化タンタル三・八三%、酸化イットリウム三八・二九%、酸化セリウム〇・四三%、硅酸一・六四%、酸化鉄一・〇四%、酸化アルミニウム〇・五五%、酸化チタニウム〇・一九%、酸化カルシウム〇・一七%、酸化マンガン〇・一〇%(第四頁第五行ないし第一八行)」と記載されているだけであることが認められる。右記載からすると、当該鉱物は稀有な元素鉱物とのことであり、とその組成分析値をみただけで当業者がこれを容易に手に入れ、その追試をすることはでき得ないものであるから、その鉱石名、原産地名を具体的に開示する必要があるものといえる。しかるに、本願明細書には前記認定したとおりの記述がなされているのみで、その鉱石名、原産地名を具体的に開示する必要があるものといえる。しかるに、本願明細書には前記認定したとおりの記述がなされているのみで、その鉱石名、原産地は何ら記載されていないから、この点において本願明細書には不備があるといわざるを得ない。

原告は、原産地名等は意見書において開示している旨主張しているが、意見書は、通知された拒絶理由に対し、特許出願人が拒絶理由に承服できない理由あるいは拒絶理由で指摘された不備は補正によって解消した旨の意見を開陳する文書であって、右意見書自体によって明細書の不備を補うことはできないものであるから、原告の右主張はそれ自体失当である。

また、審決が、鉱物の放射線に関し、明細書の記載からは、鉱物から溶出した各元素の含有量、放射線量、原料水の変化等も分からず、鉱物が活性であるとか、溶出水の放射能は自然界に存在する量よりも低いとか、ミネラル分をつくり出すとか、いずれも裏付けされていない、と判断している点について、原告は、右事項は昭和六三年八月一日付け意見書で開示しており、それに対応する技術的事項は明細書の効果の欄にも記載ある旨主張している。

しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、右の点に関し、「鉱石より放出するガンマ線が水の中で栄養素(ミネラル分)をつくり水の中に分布していくことも判明している(第四頁第三行、第四行)。「このミネラル鉱物は非常に活性であり、アルファ線、ベータ線、ガンマー線を供ない毎秒放出し、半減期は一六二四年であり、半永久的であり、強い殺菌力をもっていることが判明している(第四頁第一九行ないし第二一行)。」と記載されているだけであることが認められ、右記載からは審決が指摘する前記点開示されていると認めることはできない。

原告は、この点についても意見書で開示をしている旨の主張するが、意見書での開示が明細書の不備を解消するものでないことは前記判示したとおりである。

さらに、審決が本願発明の奏する効果について明細書には実験データ等が具体的に示されておらず、約三倍以上の保存性の向上という効果は本願発明の構成によって奏されるものとすることはできないと判断している点について、原告は、本願明細書には「従来の約三倍以上も保存性が向上したことが実験の結果判明し、その効果は絶大である。」として実験データ等を示すまでもなく、実験の結果としているのであり、これ以上何も述べる必要はない旨主張している。

確かに、明細書には発明の目的、構成及び効果を記載すれば足り、効果の存在を確証するに足る実験データを必ずしも記載する必要はないが、明細書は技術文献として、当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成と共にその特有の効果をなるべく具体的に記載すべきものであるから、当業者がそれだけでは当該発明の特有の効果があることを容易に理解することができない場合には、その効果の生ずる理由を記載し、実験データ等を具体的に示して従来技術による例と当該発明による例とを対比することによって差異を明確にしなければならないものというべきである。

原告は、本件においては、「従来の約三以上も(食品の)保存性か向上した」という実験の結果を示しており、それ以上何も述べる必要はないと主張するが、前記したとおり、本願明細書には当該鉱物から溶出した各元素の含有量、放射線量、原料水の変化等について何も記載されておらず、また、当該鉱物が活性であるとか、これより放出するガンマ線がミネラル分をつくり出すとかの点について何も裏付けられていないから、当該鉱物の溶出水がどうして従来の約三倍以上も食品の保存性を向上させるのか明らかでなく、当業者において容易に理解できることとは考えられないところである。したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に、効果に関し、「食品の鮮度はきわめて良好で、例えば玉子焼、オムレツ等の場合、従来の約三倍以上も保存性が向上したことが実験の結果判明し、その効果は絶大である(第五頁第二行次第四行)。」と記載されているだけでは、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の効果が記載されているとはいえない。

3  以上のとおりであって、本願明細書には記載の不備があるとした審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

三  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 岩田嘉彦)

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